
潮陽 · 棉城塔館
塔館英歌隊
塔館は棉城にある。2014年の結成、三百人余り。舞台に上がるのは百人前後、最も若いジセン(时迁)は九歳。
街の巡遊、隊が人込みの中を抜ける
街に赤い爆竹の紙屑が敷かれ、隊が踏んでいく
街の巡遊、隊が一列に伸びる塔館は西門英歌隊の男子英歌。西門には別に女子隊があり、1952年からある。一つの隊に二つの門、出るところは同じ。
町の人が英歌を見るなら、まず塔館——戯台が塔館にあり、鼓が鳴れば半町に届く。
南拳北腿

街
道一面の赤い紙
隊が出て街を歩けば、爆竹の紙屑が踝まで敷き詰められる。百人余りが一筋に伸び、前も後ろも端が見えない。

扮装
二本の雉尾
隊の前に長い雉尾を二本挿し、歩けば真っ直ぐに立って街を越える。後ろは列ごとに続き、顔は皆描いてある。

路稽古
夜の街打ち
化粧前の夜も稽古する。普段着で列をつくって街を歩き、鼓点は止まず、足が鼓につく。
写真:Zhangzhugang、CC BY-SA 4.0塔の下
文光塔一帯
塔館は文光塔の一帯にあり、双忠の戯台は隊の中にある。塔は町の中、七層八角で、塔の廊に登れる。
対打・挙槌・手休め




四枚は同じく肖凱鴻の一つの許諾から出たもので、本隊専属ではない。隊に属すると確かめられる三枚は前節にある。
七つの名目
名はあるが、走位図はない。上の括弧は名のままに言い直しただけで、原文の走位説明ではない。
街で見たもの









八つの注
2014年。汕頭職業技術学院の英歌特集(2025-03-04)による。
2025-03の学院ページは「現隊員は百人を超える」と記し、2023-09に陳坍鵬が取材に「隊員数は300人余り」と述べた。一年半の隔たりがあり、材料は人数がどう変わったかを述べていない。二つを並べる。
2023-10-01 汕頭国慶巡遊の陣。一人少ないのはロシュンギ(卢俊义)——救われる側で、列に入らない。
107人を一列に並べると百メートルを超える。四縦隊に分ければ五十メートルほど。
陳坍鵬、潮陽英歌の区級伝承人、塔館の指導者。
広州猟徳村、合利天徳広場、南沙媽祖天后宮。2024年には香港の赤松黄大仙師宝誕に赴いた。
潮陽英歌の学校普及で主な指導単位となり、小中学校や幼稚園によく教えに行く。
冒頭画像と第四節の前六枚は隊の公式動画から取り、本隊が文光塔広場、双忠文化節の街、夜の帰廟を写したもの。配信の最高は 1024×576 で、カード用にのみ使う。第四節の後ろ三枚は別の隊で、撮影者だけを記す。
まだ分かっていない三つのこと
三百人余りの名簿。総数はあっても名簿がなく、成年隊と少年隊の分けもない。
七つの陣形の歩き方。何人で一組か、どれだけ離れるか、鼓点がいつ変わるか、いずれも書かれていない。
中板と快板の境目。「中快板を主打槌とする」は一隊の言い方で、どこで遅くなるかは材料が分けていない。
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出典
| 出典 | 種別 |
|---|---|
| 潮陽文光塔館英歌隊汕頭職業技術学院 · 英歌特集2025-03-04 | 院校の特集ページ |
| 潮陽区文光西門英歌隊(塔館はその男子英歌)汕頭職業技術学院 · 英歌特集2025-03-04 | 院校の特集ページ |
| 107人!汕頭国慶巡遊の英歌隊の稽古現場南方+2023-09-23 | メディア報道 |
| 塔館英歌隊快懂百科(2023-03 中央電視台第四套《走遍中国》の撮影と記す)項目に日付なし | 百科の項目 |
| 塔館英歌隊の動画(文光塔広場の夜巡、双忠文化節の街、夜の帰廟)冒頭画像と第四節の二枚は抖音「潮汕周銘城」が2023-10-08に文光塔広場で撮ったもの。残り四枚は隊の公式アカウントが公開した三本の作品から。2023-10-08 と 2025—2026 | 影像 |
| 英歌(潮陽英歌)中国無形文化遺産網名録の項目ページ;2006年 第1次 | 名録の項目ページ |
| 英歌影像(Wikimedia Commons)Wikimedia Commons、各画像の作者は図注に記す2026-10 に使用 | オープンライセンス |
最終改訂日:2026年10月25日