写真:巴林潮南 · 両英金甌
金甌郷英歌隊
金甌は両英にある。保生大帝の三年に一度の醮があり、隊はその醮のために設けられた。七十二人が舞台に上がり、一人も多くない。
醮の場で隊が輪をつくり、輪の中心で一人が舞いを導く。写真:巴林
三人の隊員が街頭に並び立つ。背後に「高陞」の赤い扁。写真:Zoemonday
顔描き:額に筆を下ろし、顔譜は半分まで。写真:巴林金甌の見どころは陣にある。人数は最も多くないが、走位は最も激しい。散開し、合わさり、抜けて、また囲み戻る。
建制も陣形もこの郷の決まりに従う。他の隊は変えられるが、ここは変えられない。
四槌と四陣
写真:Taylor LZY建制
七十二人
出演は72人で、七十二地煞に対応する。ほかに領隊が1人、囉鼓を打ち隊旗を担ぐ数人が加わる。
写真:巴林領隊
一幅の布蛇
領隊はジセン(时迁)に扮し、手に白黒まだらの布蛇を持ち、口笛で指揮する。蛇が振れれば、隊が動く。
四槌四陣
四槌が構えるのは猛虎下山。そのあと順に姿を見せ、攻城の隊形へ変わる。走位・間隔・変陣の鼓点は原文にない。
顔・場・灯


金甌の隊は三年に一度の醮のために設けられた。醮の場があれば、隊がある。
蛇・螺号・両英



前の二枚は香港の潮汕コミュニティの巡遊で撮られ、三枚目は2008年旧暦正月1日の両英で、金甌隊ではない。布蛇と螺号は照合できるが、隊までは認められない。
七つの注
金甌の英歌は郷里の主祀である保生大帝の三年に一度の醮から起こり、醮のために設けられたのであって、競技のために設けられたのではない。
72人は七十二地煞に対応し、ほかに領隊1人、囉鼓と旗を担ぐ数人が加わる。
頭槌リキ(李逵)、二槌カンショウ(关胜)、三槌ロチシン(鲁智深)、四槌ブショウ(武松)。番号と人物は対応し、全隊がこれで並ぶ。
別の記述に金瓯の一隊を107人とするものがある。72人の建制と併存し、時点が違う。本ページは並べるだけで裁かない。
双龍出海、四虎並駆、横掃千軍、八卦陣図。
白黒まだらで、縮みも伸びもする。口笛を伴う。領隊は場で唯一、鼓点を聴かず自分の笛だけを聴く者だ。
潮南は2003年に潮陽から分かれた。金甌が打つのは今も潮陽のこの一路だ。
まだ分かっていない三つのこと
72人と107人。一方は建制を書き、一方は現場で見たことを書く。一隊の二つの時点か、二隊なのか、材料は述べていない。
四陣をどう歩くか。名目だけで、走位・間隔・変陣の鼓点がない。
布蛇の作り方。どれだけ長く、どんな布で、どう「縮みも伸びもする」のか、記述が見当たらない。
出典
| 出典 | 種別 |
|---|---|
| 故郷の英歌——「中華戦舞」経済晩報(丘爾)· 副刊、WeChat公式アカウントの転載2026-02 | 新聞の副刊 |
| 英歌中国無形文化遺産網名録の項目ページ;2006年 第1次 | 名録の項目ページ |
| 金甌の醮の場の影像巴林(抖音)2026-10 に引用を許諾;図注に署名 | 影像の許諾 |
| 英歌影像(Wikimedia Commons)Wikimedia Commons、各画像の作者は図注に記す2026-10 に使用 | オープンライセンス |
最終改訂日:2026年10月25日