写真:Zzz108潮陽 · 金浦梅花
梅花英歌
梅花郷は金浦街道にある。一つの郷に四つの隊、槌法は独自の一組。三十余年叩き続ける鼓師が、今も場に立つ。
梅花郷は潮陽金浦街道にある。郷に四つの隊:上園宮・弘義興・義順興・隴尾宮。老爺と媽祖の出遊のたび、房頭ごとに出隊する。
本ページは影像で見たことと隊の自述だけを記す。名録・板式・槌法の条文は第一巻・第二巻にあり、ここでは繰り返さない。
門前・棚の下・落槌
写真:Zzz108門前
二人の対打
石柱、紅の対聯、梁の下の提灯。二人が跳んで槌を合わせ、紅と緑の二体が入れ違う。
写真:Zzz108棚の下
一棚の人が端まで詰める
広場に棚を掛け、一棚の人が端まで詰める。鼓は後棚、槌は前棚、音は人声を押して流れる。
写真:Zzz108落槌
場の全体で一緒に落とす
場の全体が一緒に槌を落とし、白い衣と黒い衣が交差し、足は同じ一点を踏む。一拍遅れても崩れ、一拍早くても崩れる。
写真:Zzz108場が満ちる
輪が輪を包む
人が場を敷き詰め、輪が輪を包む。前の列はしゃがみ、後の列は立ち、槌が挙がれば林の一層のようになる。
三十余年叩かれてきたその鼓


隊の公式影像の題に記されている。この鼓師は三十年余り鼓を打ち、今も衰えず、一つの場を三十分叩いても止まらない。名は挙げられておらず、年も記されていないので、この節では「老鼓師」と呼ぶ。鼓は後棚にあり、場の全体を司る。前棚の起こし、変陣、収めは、皆この一面の鼓に従う。
三十六・十一・七
これらの数は隊の公式影像の題から出たもので、公式の条文ではない。公式の項目ページは人数と概括的な槌法しか挙げていない(第二巻〈出典〉を見よ)。別の呼び方も二つここに記す。1980年代初めのあの組は「柴頭英歌」と呼ばれ、義順興は「啓承」ともいう。名はあるが、走位図はない。
一つの顔、二つの街



後ろの二枚は潮陽双忠文化節の街で、隊名は記さない——現場の隊が多く、一隊ずつは確かめていない。
六つの注
梅花郷は潮陽金浦街道にある。上園宮・弘義興・義順興・隴尾宮の四隊は、隊の公式影像の題に見える。
三十六・十一・七は隊の公式影像の題から。公式の項目ページにこの数はなく、条文として引くことはできない。
題に「三十余年」「一つの場を三十分叩いても止まらない」とある。名は挙げられず、年も記されていない。
本ページの影像の一つ、幡に「戊子年桂月」とあり、すなわち2008年八月。ほかは年に記しがない。
1980年代初めのあの録画帯は、当時梅西英歌隊と呼ばれた。帯の原本は公開された所蔵先が見当たらない。
本ページの十枚はいずれも作者 Zzz108 の許諾による。画幅の上限は 1024×576 で、原寸のまま出す。
まだ分かっていない三つのこと
老鼓師の名と年。影像には「三十余年」とあるだけで、名がない。
四つの隊がそれぞれどの廟に属すか。題で合うのは上園宮と弘義興の二つだけ、残る二隊は書かれていない。
三十六下と十一下の境目。隊の違いか、場の違いか、材料は述べていない。
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出典
| 出典 | 種別 |
|---|---|
| 梅花郷の英歌影像(十枚)抖音 Zzz108(抖音アカウント Zzhu108)· 作者の私信による掲載許諾2026-10-25 に同意を得た;署名は本人の指定を待つ | 許諾影像 |
| 英歌(潮陽英歌)中国無形文化遺産網・中国無形文化遺産デジタル博物館項目ページに公開日はない。2006年 第1次公布 | 名録の項目ページ |
| 潮陽区地方標準《無形文化遺産 潮陽英歌》DB 4405/T 315—2025、汕頭市市場監督管理局2025-02-24 公布、翌日施行 | 地方標準 |
| 潮陽区政府による区政協提案への回答汕頭市潮陽区人民政府2025-05-14(https の証明書に異常があり、このリンクは http で通す) | 政府サイトの公布 |
最終改訂日:2026年10月26日