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街の真ん中へ英歌隊が押し寄せ、隊員は彩色の衣装に双槌、両側は見物人で埋まる

国家級無形文化遺産 Ⅲ-8 · 2006年 第1次

普寧英歌

掲陽普寧、一つの流れで一つの県。建制は24人から108人まで、快・中・慢の三派が並び立ち、伴奏にもう一本、螺号が加わる。

103隊現在の隊伍(2026-07 省外事弁公室の紹介)
24–108四段の建制
3派快板 · 中板 · 慢板
4形隊列の図形、原文は四例を挙げる
鼓槌顔譜陣形前棚後棚慢板中板快板囉鼓班
隊が広場に散開し、地面に爆竹の紙屑広場に散開し、地面に爆竹の紙屑が落ちる
夜の広場で英歌隊が演じ、人垣が囲む夜、広場で開演する
隊が街を進み、両側に観客が立つ街に沿って進み、両側に人が満ちる

普寧は英歌を数で書いた。何人で一隊か、棒はどれだけ長く太いか、足をどう置くか、図形をどう歩くか。

名録の項目ページがそこまで書くのは、三つの流れのうちここだけだ。

数は上限であって、どの隊もその通りというわけではない。

一 · 建制

四段の人数

原文は「少なければ24人・36人、多ければ72人、最も多いのは108人に達する」。
第一段24少なければ24人、二列に並べば一隊になる
第一段36同じ段で、やや広い
第一段72一郷一族の揃った隊で、前棚も後棚も並べる
上限108梁山の百八人を取る。出る時は107で並び、救われるロシュンギ(卢俊义)の分を空ける

24・36が一段、72が一段、108が上限。三つの「多」にはそれぞれ加減があり、そのまま写して変えない。107の並びは一部の隊の自述と報道によるもので、名録の規定ではない。

二 · 図形と型

四つの図形、八つの名目

原文の文末に「等」の字がある——四例を挙げたのであって、四種だけではない。
双龍出海隊列の図形
猛虎下山隊列の図形
麦穂花隊列の図形
田螺圈隊列の図形
布田 · 布年同じ一篇に二つの書き方があり、同じ型かは書かれていない
洗街型の名目
拜年型の名目
旋槌舞いの姿
槌花舞いの姿
背槌型の名目
過胯型の名目
抱槌勾脚型の名目

名目は名だけだ。走位、何人で一組か、どれだけで変わるかは原文にない。同じ名でも、村道と広場では歩き方が違う。

三 · 場と物

槌・顔・二つの場

二本の丸木槌の図、丸棒で両端に朱漆
一人に二本の丸い木槌。項目ページは直径10センチ、長さ20センチと記す。(当サイト作画)
顔師が額に筆を下ろし、顔譜は半分まで
顔譜は梁山泊の好漢に倣う。半分まで描くと、役より先に色が現れる。
郷里の空き地に散開し、地面に爆竹の紙屑
郷里の空き地に散開する。爆竹の紙屑が地面に散り、一巡が終わったところだ。
夜の外灘の街、顔譜の一隊が跳んで舞う
外灘、省の外へ出て一巡。場は変わっても、槌法は変わらない。

螺号はこの流れの印だ。舞いが急所に入ると、喊声と螺号が一緒に上がる。他の二つの流れの名録ページにこの一句はない。

四 · 影像

三隊の街

富美が二枚、泥溝と南山が各一枚、いずれも隊の公式アカウントから。
彩衣の隊員が街で固まる
彩衣の隊員が街で固まり、後ろに人が続く。
広場に隊員が散開、赤い柱と色紙、背景に高層ビルの並び
広場に隊員が散開する。赤い柱と色紙、背後には高層ビルが並ぶ。
煙の中、数人の隊員が槌を頭の上へ
煙がまだ消えぬうちに、数人の隊員が槌を頭の上へ挙げる。
顔譜の隊員がチーム服の子供を抱き上げる
顔譜を描いた隊員が、チームの服を着た子供を抱き上げる。

三隊の場はそれぞれ違う。一つは街、一つは広場、一つは祠堂。

五 · 細読

十二の注

名録・道具・場の形、いずれも条ごとに確かめられる。
名録

英歌(普寧英歌)、Ⅲ-8、2006年 第1次、申請地区は掲陽市。

保護単位

普寧市文化館。2019-12-05 の調整後の名簿。

命名 その一

1996年「広東省民族民間芸術(英歌)の郷」。

命名 その二

2008年「中国民間芸術(英歌)の郷」。潮陽の1996年の項目より「英歌」の三字が多い。

棒

一人に一対の丸い短い木棒、直径10センチ、長さ20センチ。

歩

両脚を騎馬蹲裆の構えに取り、脚を上げて横へ跳ぶ。

螺号

伴奏は囉鼓のほかに螺号があり、舞いが急所に入ると喊声と螺号が一緒に上がる。他の二つの流れの名録ページにこの一句はない。

型

洗街・拜年・布年・背槌・過胯・抱槌勾脚。別の箇所では「布田」と書き、二つの表記が併存する。

場の形 その一

橋柱新寮は廟の前の赤い棚の下で囲んで演じる。

場の形 その二

橋柱埔柵は廟前の広場で夜に演じ、二列で進む場面がある。

隊数 その一

省外事弁公室の2026-07 参観点紹介:103隊。

隊数 その二

市文化旅遊局の2024-01も同じ数で、2022年より30隊近く増えたとする。どちらも実時間の数ではない。

六 · 隊

代表的な三隊

富美・南山・泥溝。
顔譜の舞い手二人が踏み出し、背後に隊員が列なる

富美下架山富美、週に四度の稽古、男隊も女隊も出る。

顔譜を描いた少年隊員、紫の衣に黄の上着、手に槌

南山流沙西南山、快板一路の代表。写真は隊の少年隊員が顔譜を描くところ。

祠堂前の庭で一隊が散開して舞う

泥溝燎原泥溝、中板一路。祠堂前の庭が彼らの場だ。

三隊の建制と打法はそれぞれ富美、南山、泥溝を見よ;隊ごとの名簿は第六巻〈隊伍〉。

末 · 欠けているところ

まだ分かっていない三つのこと

三つとも一次資料を欠く。
その一

三派と板式の対応。「快・中・慢の三大流派」を隊で分けるのか打法で分けるのか、紹介には書かれていない。

その二

「布年」と「布田」。同じ一篇に二つの表記が併存し、同じ型かは公式に述べられていない。

その三

103隊の名簿。数はあっても、隊名はない。

出典

出典 種別
英歌(普寧英歌)中国無形文化遺産網・中国無形文化遺産デジタル博物館項目ページに公開日はない。2006年 第1次公布 名録の項目ページ
調整後の国家級無形文化遺産代表項目の保護単位の公布文化・旅遊部無形文化遺産司2019-12-05 部委の公布
《中国民間芸術の郷》掲陽市人民政府サイト、出所は掲陽日報2011-06-21 公布 政府サイトの公布
参観点の紹介広東省人民政府外事弁公室2026-07-24 政府サイトの公布
英歌影像(Wikimedia Commons)Wikimedia Commons、各画像の作者は図注に記す2026-10 に使用 オープンライセンス

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最終改訂日:2026年10月26日