
国家級無形文化遺産 Ⅲ-8 · 2006年 第1次
普寧英歌
掲陽普寧、一つの流れで一つの県。建制は24人から108人まで、快・中・慢の三派が並び立ち、伴奏にもう一本、螺号が加わる。
広場に散開し、地面に爆竹の紙屑が落ちる
夜、広場で開演する
街に沿って進み、両側に人が満ちる普寧は英歌を数で書いた。何人で一隊か、棒はどれだけ長く太いか、足をどう置くか、図形をどう歩くか。
名録の項目ページがそこまで書くのは、三つの流れのうちここだけだ。
数は上限であって、どの隊もその通りというわけではない。
四段の人数
24・36が一段、72が一段、108が上限。三つの「多」にはそれぞれ加減があり、そのまま写して変えない。107の並びは一部の隊の自述と報道によるもので、名録の規定ではない。
四つの図形、八つの名目
名目は名だけだ。走位、何人で一組か、どれだけで変わるかは原文にない。同じ名でも、村道と広場では歩き方が違う。
槌・顔・二つの場




螺号はこの流れの印だ。舞いが急所に入ると、喊声と螺号が一緒に上がる。他の二つの流れの名録ページにこの一句はない。
三隊の街




三隊の場はそれぞれ違う。一つは街、一つは広場、一つは祠堂。
十二の注
英歌(普寧英歌)、Ⅲ-8、2006年 第1次、申請地区は掲陽市。
普寧市文化館。2019-12-05 の調整後の名簿。
1996年「広東省民族民間芸術(英歌)の郷」。
2008年「中国民間芸術(英歌)の郷」。潮陽の1996年の項目より「英歌」の三字が多い。
一人に一対の丸い短い木棒、直径10センチ、長さ20センチ。
両脚を騎馬蹲裆の構えに取り、脚を上げて横へ跳ぶ。
伴奏は囉鼓のほかに螺号があり、舞いが急所に入ると喊声と螺号が一緒に上がる。他の二つの流れの名録ページにこの一句はない。
洗街・拜年・布年・背槌・過胯・抱槌勾脚。別の箇所では「布田」と書き、二つの表記が併存する。
橋柱新寮は廟の前の赤い棚の下で囲んで演じる。
橋柱埔柵は廟前の広場で夜に演じ、二列で進む場面がある。
省外事弁公室の2026-07 参観点紹介:103隊。
市文化旅遊局の2024-01も同じ数で、2022年より30隊近く増えたとする。どちらも実時間の数ではない。
まだ分かっていない三つのこと
三派と板式の対応。「快・中・慢の三大流派」を隊で分けるのか打法で分けるのか、紹介には書かれていない。
「布年」と「布田」。同じ一篇に二つの表記が併存し、同じ型かは公式に述べられていない。
103隊の名簿。数はあっても、隊名はない。
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出典
| 出典 | 種別 |
|---|---|
| 英歌(普寧英歌)中国無形文化遺産網・中国無形文化遺産デジタル博物館項目ページに公開日はない。2006年 第1次公布 | 名録の項目ページ |
| 調整後の国家級無形文化遺産代表項目の保護単位の公布文化・旅遊部無形文化遺産司2019-12-05 | 部委の公布 |
| 《中国民間芸術の郷》掲陽市人民政府サイト、出所は掲陽日報2011-06-21 公布 | 政府サイトの公布 |
| 参観点の紹介広東省人民政府外事弁公室2026-07-24 | 政府サイトの公布 |
| 英歌影像(Wikimedia Commons)Wikimedia Commons、各画像の作者は図注に記す2026-10 に使用 | オープンライセンス |
最終改訂日:2026年10月26日


